• Facebook

●牧師プロフィール

日向恭司(ひむかいきょうじ)

1964年3月 北海道浦河町で生まれる。妻・子2人・孫1人

北海道教育大学札幌校卒業後、日本基督教団教師検定試験(Cコース)を受験

1992年4月~1999年3月/十二使徒教会担任教師(2年間)、主任担任教師(5年間)

1999年4月~2010年3月/手稲はこぶね教会主任担任教師

2010年4月~2018年4月/北海教区幹事

2018年5月~現在/名寄教会主任担任教師、名寄幼稚園宗教主任

道北クリスチャンセンター理事長、道北センター福祉会理事

趣味:陶芸・DIY・アニメ・熱帯魚・温泉・キャンプ・カラオケ・

      スポーツ・珈琲​

2020年11月22日週報

「先週は札幌北部教会とのオンライン合同礼拝でした。」

道北地区は、数年前から地区の「長期宣教計画」で【つながろう・・・孤立せずに宣教の責任を担う】という項目の中に、●インターネット中継による合同礼拝に着手する。 ●インターネットを活用した会議をとりいれる。 という方針が掲げられていました。たぶん、道北地区で初めてその試みに着手したのは、2014年に行われた「道北地区集会の開会礼拝」ではないでしょうか(その前や後にもあったかどうかは未確認です)。その時、わたしは教区幹事をしていて、道北地区から「地区集会の開会礼拝説教を、教区事務所からネットを介して話してくれませんか?」と依頼を受け、そのチャレンジに加えていただきました。入念に実験の通信を行い、当日は札幌の教区幹事室の熱帯魚水槽の前からお話ししたのをよく覚えています。そして、その3年半後に私が名寄教会に赴任することになった際に、初めて道北地区委員会で与えられた役割が「長期宣教計画推進委員長」です。責任上「インターネット中継による合同礼拝」の推進係となったわけです。これまでに3度ほど伝道圏の合同礼拝の機会に、その合同礼拝と名寄教会をネット中継してのオンライン礼拝を試みてきました。途中でパソコンの充電切れがあったり、なぜか回線が途切れたりという失敗もありましたが、試行錯誤をしながらなんとか使えそうだと思った矢先の新型コロナ問題でした。先週の札幌北部教会との合同礼拝は、まだまだ改善点はありますが、地区のこれまでの積み重ねが一つの実を結んだものだといえると思います。

2020年11月15日週報

 「部落差別問題(オンライン)学習会」

11月12日(木) 北海教区平和部門委員会の主催で、標記の学習会が行われました。講師の赤井隆史さん(部落解放同盟大阪府連合会執行委員長)から、部落差別問題の現在についてお聴きしました。今は、被差別部落出身の方が、そのことを隠そうと思えば隠すことができ、結婚や就職の際に身元調査などをされなければ一生知られずに済むかもしれないが、それで差別がなくなるわけではないということ、また2016年に制定された「部落差別解消推進法」も、違反者への罰則規定がないため、効力を持つものとなっていないこと等のお話をされました。

2020年11月1日週報

 「名寄幼稚園のお楽しみ会」

先週の金曜日は年長児の「お楽しみ会」でした。例年は夏休みに入って直ぐに「お泊まり会」があり、年長の子たちの多くは生まれて初めて親と離れての1泊を経験します。それはこどもたちにとって大きな経験で、その1日でひとまわり成長するのが目に見えるような気がするほどなのですが、今年は新型コロナ対策のため中止となっていました。貴重な機会が失われてしまうことは本当に残念ですが、今年は仕方がありません。「せめて夕食まででも・・・」ということで実現したのが、先生たちが趣向を凝らした「お楽しみ会」でした。その日、年長児は12時に園に集合、夕食に先生たちが作った焼きそばをいただいて夜7時に降園するまで、楽しい一日を過ごしました。

当初の計画では、午後から園バスで浅江島公園に行く予定でしたが、あいにくの雨で公園行きがキャンセルとなり、急遽“北国博物館”と“名寄教会”を見学することになりました。その日は年長児全員が参加したので、こどもだけで50名。いつもは園庭で遊びながら外から眺めるだけの教会に入るというのは、それだけでとても楽しそうでした。教会の高い天井をキラキラとした目で眺めたり、木のベンチに座ってみたりしている様子を見ることができたことは、とても嬉しかったです。時間の都合上、地下や2階に行くことはできませんでしたが、来年には地下の改修がありますので、名寄幼稚園誕生の頃の姿を観られるのはあと半年しかありません。できれば、今年度内に一度は教会の地下を探検して、今の姿を観ておいてもらえたらと思っています。

2020年10月18日週報

 オンライン学習会「コロナと外国人住民」

10月16日(金) 北海教区平和部門委員会の主催で、標記の学習会が行われました。2名の講師がそれぞれ(恐らく自宅から)、今コロナ禍において外国人住民がどんな苦境に立たされているかということをお話して下さいました。佐藤信行さんからは、外国人難民の認定率が世界で断トツに低い日本(2018年度42名0.25%、アメリカは12千人35.2、カナダは17千人56.4%)がコロナ危機の中で、さらに「救済」よりも「追放」に向けた法改正をしようとしていることなど、制度的な側面からのお話を伺いました。西千津さんからは、コロナ禍で日本での仕事が無くなったり激減した外国人の相談を受ける中で知らされた、生活実態の側面からのお話を伺いました。

札幌・北見・旭川・函館・置戸・新得・岩見沢・名寄などから多くの方が参加して貴重な学びを受けることができました。今年、頻繁に開催されるようにオンライン集会ですが、映像や音声の質などは、声が聞き取りにくかったり、映像のトラブルもあったりとまだまだ未熟ですが、やりながらノウハウを蓄積して、地方でも学習の機会が保障されるための取り組みとして続けていきたいと思います。

2020年9月27日週報

 「フードバンク収穫祭」in五十嵐農場

昨日朝からフードバンク収穫祭に参加しました。コロナ禍の中、台風の影響で悪天候も予想されましたが、士別から初参加の5人の家族も来られ、12名でフードバンクの野菜を送る準備をしました。「食べ物を作る者として、食べ物を必要としている人のためにできることをしていきたい。3年間やってきて、難しさも感じている部分もあるが、続けて行こうと思っています。」という、五十嵐広司さんのあいさつから始まり、五十嵐農場と道北センター共催のプログラムとしてはお昼の12時まで、カボチャ磨き、芋の選別、玉ねぎの皮むきの3つの作業を分担して行いました。五十嵐さんのあいさつに込められた情熱に、昨年12月に銃殺されたペシャワール会の中村 哲医師が「平和を作るのに必要なのは武器じゃなく、水と食料。」と言った言葉も心の中で重ねながら作業を始めます。わたしは、芋の選定作業から取り組んだのですが、「小さすぎるのと傷んでいるものは送らないで、残しておくように。」と聞き、傷んでいるものは分かるとして、どの程度で「小さすぎる」とするのか迷っていると、「もらった人が料理をするのに面倒と思うかどうか」という基準を教えていただき、「送る側から考えるのではなく、もらう側の気持ちになって選定するのだな」と理解しました。普段芋の皮むきも料理もしていないわたしの仕事がちゃんと役に立ったのか、若干不安が残りますが、イエス様から生活に根ざしたメッセージを聴いたような気持ちになり、楽しく作業をすることができました

2020年9月20日週報

 「こひつじハウス」

大学は、小学校の教師になるつもりで北海道教育大学(札幌)で学びました。教会に行き始めたのは大学2年の冬です。4年生の時には教員採用試験も受けたのですが、5週間の教育実習の直前に麻疹(はしか)にかかってしまい、それが重症となって1ヶ月間の入院を余儀なくされ、教育実習は行えず大学も留年することになりました。留年中の1年間の間に、卒論で「地域教育」を扱ったこと、アルバイトで学童保育の「つばめクラブ」(武井康子さんが働いていました。)に携わったこと、公教育ではキリスト教信仰を直接的には表現できないことなどから、大学卒業後は小学校教員ではなく、教会の一室を自費で改修させてもらい、私設の学童保育所「こひつじハウス」を開きました。

こどもたちが学校から帰ってくるまでの時間は、教会の掃除や事務の仕事を兼務することにし、とりあえずプレオープンのような形で教会員の3人のこどもたちを預かることからはじめたのですが、想像した以上に教会の仕事が多く、半年を過ぎたところで学童保育の仕事を断念して、教会の仕事に専念することになりました。その翌年から、牧師になる勉強をはじめ、今に至っています。名寄に来た年、「こひつじハウス」の時に小学2年生だった子の結婚式の司式をしました。その子の兄は当時4年生で、今はパリで寿司屋を経営しています。当時1年生だった女の子は、東京で子育て中ですが、今も時々電話をくれます。夏休みだけ通って来た1年生の女の子も、ずっと家族で教会につながっています。半年という短い期間の開設で中途半端に終わった働きでしたが、当時の子どもたちと今もつながりがあるのはとても嬉しいことです。

今回、結婚することになった次男も札幌の教育大学で学び、「絶対に教員になる!」と言っていたのですが、アルバイトで貯めたお金でピースボートという世界一周の旅をしてきてから世界観・価値観が変わり、今は札幌の二条市場の近くでゲストハウスの一角を会場に学童保育「アドベンチャークラブ札幌」を開いています。こどもたちに、ゲストハウスを利用する外国人と交流する機会を日常的に与えることで、こどもたちの可能性を広げる働きをしたいのだそうです。「まだ若いのだから、思うようにいかなかったとしても良い経験」と思いながら応援しているのですが、多くの理解者や仲間に恵まれて、楽しく働いているようです。